「あひるの空」のコトバ|進んで止まって、止まって進んで。人はそれを歩みと呼ぶのだ

スペシャルな必殺技が飛び出すわけじゃない(スゴい選手はいるけど)。努力が必ずしも実るわけじゃない(挫折する人だって出てくる)。最後は結局勝つ、っていうほど甘くない(ホントによく負ける)。

そんなリアリティにあふれるからこそ、多くの人に支持されているのであろうバスケ漫画「あひるの空」(©日向武史 / 講談社)の1シーンより。


©日向武史 / 講談社


"今まで通り"を変えられない人間は、来年も再来年もずっと今まで通りだ


そんな言葉で始まった、九頭龍高校(通称クズ校)バスケ部の冬合宿。男子バスケの監督をやっていた坂田さんが入院したため、女子バスケの監督をやっていた主人公・車谷空の父、智久が男子・女子の両バスケ部を見ることになった。

クズ校は男女ともに強豪とはとてもいえない高校。これまで一度も手にしていない「インターハイ出場」を目指すには、ハードな練習をこなす必要があった。これまでにないハードなメニューを組んだ合宿の冒頭、智久は部員たちにそう告げた。


「今まで通り」の練習では、「今まで通り」の結果しか手に入れることができない。変わりたければ、まず何かを変えなきゃいけない。行動を変えてこそ、結果が変わる。変わらなきゃと思っているだけでは、何も変わらない。


しかし、強豪とは言えないクズ校バスケ部には、インターハイを目指すという目標に現実感を感じられない部員も多くいた。そして辛い合宿についていけず「もう走れません」と音を上げる部員が出始める。だが智久は、「まだ走れる」「人が”もうダメだ”っていう限界ギリギリのラインなんてこんなもんじゃない」と、立ち止まることを許さない。


©日向武史 / 講談社


人は目指していた何かを断念する時、必ず理由をつける。ナゼか分かるか?
その方が楽だからだ。
ダメならダメでいい。ただ、自分の努力の足りなさを別の何かのせいにはするな。


そう言った智久のコトバは、残酷なまでに真実だ。


ボクも学生の頃は、本気で音楽をやっていた。プロのミュージシャンとしてやっていけるくらいの技術は、身につけたという自負もあった。だけど、結局はその道を選ばなかった。家庭の環境とか、音楽を仕事にしたくないとか、自分はビジネスの世界が好きだとかっていうのが、当時のボクの言い分だ。


それらは全部、ウソじゃなかった。
でも、ホントはわかっていた。選ばなかったんじゃなくて、選べなかったんだ。


自分に何ができるかはわかっていた。そして、何ができないかもわかっていた。できるようになりたい、変わりたいと思っていたけれど、変えるための何かを、変わるのに十分なほど実行し続けることができなかった。

どれだけ努力したかを自分はわかっていたけれど、同時にどれだけ努力をサボったかも、自分が一番わかっていた。目の前の壁を超えられるだけの努力をせず、いつの間にか「ここでいい」というラインを引いていることを、心のどこかで自覚していた。


大学3年のとき、当時ずっと一緒にやっていたギタリストがゼミを辞めた(ちなみにこの人)。彼が所属していたゼミは、企業からも注目されていて、就職にも有利と言われていた。そんなゼミを辞めたのは、「自分は音楽の道を進む」という彼の意思表示だった。


覚悟を決めた彼は、ボクにもそれを迫った。
「おまえはプロを目指すのか。目指さないなら、もうおまえとは一緒にやらない」と。
そしてボクは「プロを目指さない」ことを決めた。彼がそのきっかけをくれた。



©日向武史 / 講談社


走りっぱなしの奴なんてこの世にいない。
進んで止まって、止まって進んで。
人はそれを、歩みと呼ぶのだ。


「プロを目指さない」という意思決定をした、と当時のボクは考えていたように思う。「プロを目指せない」のではなく。そして自ら道を切り開いていかなければいけない彼に対して、舗装された道を進むことを選んだボクは、全速力で走らなきゃいけないと誓った。


そうして全速力で走って、その道に自信もついてきた頃に振返って、ようやく認められるようになった気がする。自分は「諦めた」のだと。あれは「挫折」だったのだと。別の拠り所となる何かが自分の中にできて初めて、当時の自分のホントの部分を改めて自覚した気がする。


諦めるっていうのは、その道を進むことを諦めるんじゃなくて、その道を進もうとする「自分」を諦めるっていうことだと思う。自分で自分を見限ることなんだと思う。お前には無理だ、と自分に突きつけることなんだと思う。それがどれくらい辛いことかを、きっと無意識に理解していて、だからボクはボク自身に言い訳をしていたんだろう。


でも、そのことを自覚できたからこそ、ボクはそうそう諦めることをしなくなった。


それからというもの、全速力で走っているつもり。
時には壁にぶつかって、思うように進めなくなって。
なんとか乗り越えたり、回り込んだりしながら。
時に立ち止まって、息を整えながら。


一回諦めた経験があるからこそ、逆にひとつの道を諦めても、すべての道が閉ざされるわけじゃないことを知った。そしてきっと、最も大事なことは「自分の人生を納得できるようにする」ことを諦めないことだと知った。


そうやって、進んでは止まって、止まっては進んで。
ボクは歩みを進めていくんだろうと思う。


いつか、もしかしたら予期せぬタイミングで人生の終りを迎えたとしても、「まぁ、よく頑張ったんじゃない?」なんて、自分を認められるように、出来る限り全力で走りながら。



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