スペインのサッカーリーグであるリーガ・エスパニョーラにて、あるいは世界のサッカークラブの中で、圧倒的な輝きを放つチーム、FCバルセロナ。
その最前線で常にゴールを狙っているのが、ルイス・スアレスだ。
今日はそんな彼が、故郷に凱旋した際のイベントで発したコトバをピックアップ。
引用元:ゲキサカ
ルイス・スアレスといえば、リバプール所属時代、そしてブラジルW杯イタリア戦での噛み付き行為を思い浮かべてしまう人も多いかもしれない。
確かにそんな不名誉な話題で世界を騒がせもしたけれど、サッカー選手としては間違いなく世界有数のストライカー。センターフォワードとしては世界一だ、という意見を言う人がいたとしても、違和感は決して感じないレベルの選手。
特に2016-17年シーズンが終了したばかりの現在、FCバルセロナが誇るトリデンテ、メッシとネイマールと見せるコンビネーションは、相手からすれば絶望と同義とさえ言える。メッシ、ネイマール、スアレスと、一人ひとりでも世界トップレベルの選手が、3人前線に揃い、さらに高レベルでの連携を見せるのだから。
そんなスアレスの母国、ウルグアイのサッカークラブ「ナシオナル」が、クラブ出身のスターであるスアレスに敬意を表して、練習場に新たに作られたサッカーコートに「ルイス・アルベルト・スアレスピッチ」と名付けた。そのセレモニーに参加するため、スアレスは久しぶりに選手としてのキャリアをスタートさせた地を訪れることになった。そして、感動のあまり目に涙を浮かべながら、若き後輩たちに向けて彼はこのコトバを発した。
13歳か14歳、15歳、18歳。実際のところ、何歳になっても、とても困難な時期を経験するだろうが、楽しまなきゃいけない。それと、絶対に諦めるな。誰もがプライドを持っているのだから、諦めてはいけない。
プライドは「諦めない理由」だ
プライド。誇り。
目には映らないが、確かに存在を感じるそれは、いったい何なのだろうか。
何度か、自分にそう問いかけたことがある。
時に「プライドが高い」とか「プライドが邪魔をする」といった表現で、ネガティブに扱われることがある。一方で「誇り」という日本語が使われるときは、気高く、力強く、神々しさすら宿りかねない輝きを放つことさえある。「プライドが高い」は悪口に聞こえるのに、「誇り高い」というと褒めコトバに聞こえるのだから、不思議なものだ。
つまり、世の中に存在する他の多くのものと同じように、プライド・誇りというものも、結局は使う側次第。つまり、ボクら自身がそれをどう捉えるか、ということなのだろう。
その捉え方のひとつが、スアレスのコトバだ。
プライドとは、諦めない理由なんだ。
簡単に、諦めるわけにはいかない。
自分に、自分のこれまでの努力に、自分が残した成果にプライドを持っているからこそ。あるいはこれまで自分を育ててきてくれた人たちを、支えてきてくれた人たちを誇りに思っているからこそ。
倒れそうなときに、諦めそうなときに、心を支えてくれるもの。勇気づけてくれるもの。奮い立たせてくれるもの。それがプライドなんだ。
では、何を諦めないのか。
それはもちろん「達成したい何か」だ。
ただ間違ってはいけないのは、きっとそれは「『一人で』達成したい何か」ではない。
だから、プライドが邪魔をして誰かに教えを乞うことができない、っていう表現はきっと間違っているんだと思う。それはきっと、プライドではなく、ただの虚勢、虚栄心と呼ばれるものだ。
本当のプライドというのは、何があっても諦めないという強い意志を生み出す源。理由。
目的を達成するための邪魔をする何かとは、対極に位置するものなんだ。
そういう意味でボク自身は、やっぱり誇り高くありたいと願う。
プライド、誇りとは何か。
スアレスのコトバに、ボクは一つの答えを見た気がした。
2コメント
2017.06.24 13:57
2017.06.23 23:30