「おおかみこどもの雨と雪」のコトバ|辛い時とか苦しい時に無理にでも笑っていろ

「時をかける少女(2006)」「サマーウォーズ(2009)」が大ヒットし、この夏公開の「バケモノの子(2015)」も公開前から大きな話題を呼んでいる細田守さんのアニメ「おおかみこどもの雨と雪」より。

サマーウォーズや時をかける少女とは少し色が異なる、感動作。アニメとは少しタッチが異なるマンガだと、いっそう温かみが増して、この作品のよさが際立つように思える。

最初設定を聞いた時はどうなることかと思ったけれど、気づいたらのめり込み、密かに目に水気を感じた。目の防波堤が低めの方は、洪水になることを覚悟した方がよいかも。


そんな「おおかみこどもの雨と雪」の中で、わりと冒頭にあるシーン。

主人公である花が、かつて父親にいわれたコトバ。




辛い時とか苦しい時に無理にでも笑っていろって
そしたら大抵乗り越えられるからって




ボクは3つの理由で、このコトバに賛同する。



理由1.苦しそうな顔をしたって苦しさはきっと軽くならない


身体の内側と外側。
ココロとカラダ。
ボクはそれらは結構連動しているものだと思っていて。


病は気から、なんて昔から言うし、逆にタンスの角に足の小指をぶつけた状態で人にやさしいコトバをかけることはなかなか難しいし(よくわからない例えだけど)。
ココロ発でカラダが変化することもあれば、カラダ発でココロが変化することもある。


生きていく中では、まぁ思うようにいかないことはいっぱいあって。
精神的な疲労の回復は、なかなか肉体ほどにはスムーズにいかない。


そんなときは、意図せずキツいコトバを誰かに言ってしまったり。
気付いたら眉間にしわが寄っていたり。
「あー、今自分機嫌悪いなー」とか「あー、今余裕ないんだなー」とか自覚しつつも、「正直これって八つ当たりだよなー」と冷静に自分を見つめるもう一人の自分が分析しちゃうような言動をとっていたり。


でも、誰かにきつく当たったりしたところで、精神的な疲労は回復なんてしなくて。

むしろ「何やってんだろ」なんて、却って疲労をためることになったりして。


だから、笑ってみたらいいと思う。
どうせしかめっ面したって疲労は回復しないんだから、笑ってみたらいいと思う。


少なくともその方が、周りにはプラスの(少なくともマイナスではない)影響を与えられるだろうし、うまくいけば自分の気分も少しだけ上向いていく。


ココロをコントロールするのが難しい時はカラダをコントロールして、無理にでも笑ってみるって、結構大切なことだと思う。



理由2.笑う門には助け来る


辛いことや苦しいことを乗り越えようと思ったとき、自分一人の力で乗り越えられるならいいのだけれど、自覚してるかどうかは別として、大抵の場合多くの人に助けてもらっている。


仕事でもプライベートでも、一人でできることなんて、自分が思っているよりはるかにたいしたことない。


だから、ボクらは知らぬ間に誰かの助けを借りているんだと思うんだけど、助ける側の立場に立って考えれば、小難しい顔をしていて話しかけることすらためらってしまうような人よりも、空元気でも元気を出して笑っている人の方が、助けてあげたくなるんじゃないかと思う。


何より、助けてくれた人に伝える「ありがとう」を、暗い顔して言うわけにはいかないじゃないか。たとえ苦しさの真っただ中にいたって、感謝は笑顔で。それはもう、コミュニケーションのルールみたいなものだと思うから。


理由3.その強がりは、いつか本物の強さになる


大抵のことは、最初マネっこから始まる。
運動だって、仕事だって。
たとえばボクは仕事の都合上、わりとプレゼンが得意な方だと思っているのだけれど、それも頭の中で描いた理想のプレゼン姿を必死に模倣しているようなものだ。


それはきっと、強さも一緒。
多少程度に差はあったとしても、最初から強い人間ってきっといない。
もしかしたら、そもそも「強い人」なんて本当はいなくて、「強さ」とはただ「どれだけ強がれるか」っていうことなのかもしれない。


ただ、ここでいう強がりは、「認めない」強がりじゃなくて「認める」強がりのことだ。

プライドやら何やら、生きていく中で知らぬ間に抱えて、必死に守っているどーでもいいことって、たぶん結構いっぱいあって。その部分を指摘されたり否定されたりしたときに、何かを守ろうとして、頑なに認めようとしない、なんてこと、わりとあったりすると思う。


グサッと刺さるコトバを言われても、「痛くないし!」といっちゃう強がり。
ボクはこれは、本物の強さにつながらない強がりだと思っている。


一方で、痛くて、泣きそうだけど、でも笑顔で受け入れようとする、認めようとする行動も、一種の強がりだと思う。


否定されることから逃げ出したくなっても、苦しいことから逃げ出したくなっても、それでも頑張って前を向こうとする。向かい風を正面から受け止めようとする。


それってたぶん、誰だって願わくば避けたいことで。

それでも避けられないから「大丈夫だ!」って自分に言い聞かせたりして。

そういう強がりは、いつか本物の強さにつながっていくんじゃないかと思う。
あるいは「強い人」だと思われるくらい強がれる人になれるんじゃないかと思う。




もちろん、生き方みたいなものには正解なんてないから、強い人間にならなくたっていいんだと思う。

ただボクは、単にボク自身の希望として、自分の弱さを受け入れられるくらいの強さを持ちたいとは思っているし、できれば自分が大切に思う人を少しだけでも助けられるくらいの強さや器の大きさを持ちたいと思っている。



疲れたときに疲れたって言っても、楽にはならないし。
苦しいときにしかめっ面したって、楽にはならないし。


台風を吹き飛ばして快晴にできるほどの強さは持てなくても、
せめてつかの間の晴れ間くらいに、
せめて雨宿りできる軒くらいに、
誰かにとってそんな存在になれるくらいの強さは持ちたいから。


だからなるべく笑っていたいと思う。
無理にでも笑っていようと思う。
そうはいってもなかなかそれが実践できない自分自身さえも、笑っていたいと思う。


そうして気づいたら、きっと無理なく笑っていて。
そしてそのころには、大抵のことを乗り越えられているんじゃないかな。




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僕は海図のない航路を行く from 四月は君の嘘



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2コメント

  • 1000 / 1000

  • ekbB

    2015.07.18 19:10

    それはよかった(笑)
  • SERi

    2015.07.15 17:01

    心に沁みました…>_<…

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